「人間の体は機械ではない」
リンシ君のレポートです。確かリンシ君とはじめてあったのは第1回目の東京セミナーだったと思う。第一印象は玉乗り(バスケットボール)の青年。それから2年のお付き合い。先日、セミナーの合間に個人指導(えにし施術)を受け、居酒屋ではいろいろ語り合った。
早いもので二月の最終土曜日にセミナーに参加、えにし先生の個人指導をうけてから10日ばかりになる。体験レポートを書こうと思ったが、もう既に私の仲間が何人か立派なレポートを出しているのである。屋上屋を架してもしかたがない。そこでこのレポートはセミナーを通じて私が何に気づいたかのまとめにしたい。
技能的な小ネタ(小とはいえ、大きな違いを生む)からいこう。
重心を体の外に出すと、動きやすくなる。
立っているときに内股を緊張させないためには外股を使う。思っている以上に脚を開かなければならない。
目を上にあげると良い姿勢が維持しやすい。
足は、土踏まず以外の全体に体重をかける。
力は本当に抜かなければならない。良い姿勢を維持するために必要な力だと思っても抜いてみることだ。
私の体の使い方では、左半身が緊張しすぎてい、使えていない。
痛いところ、固いところは擦るべし。
純米酒は飲んで<も>いい。
これらが目下私が意識していることである。今さらなにを言っているのかというような基本的なことがやっと分かったり、新しい意味で理解されたりしている。これらの課題と取り組みながら見えてきた別の課題もあるのだが、いまはちょっと思い出せない。それだけではなく、無理に言語化したら半可通のまま成長の機会を素通りしてしまうような気もする。あらたな課題についてこの場で報告できるとしたら、それは、課題についてある程度進歩してからだろう。
さて今回のセミナーは、システマ講座と合同で打ち上げをしたので、骨盤おこしセミナー終了から居酒屋に着く9時ごろまで、じっくりとえにし先生とお話できた。食べ物のこととか金メダルをとったキム・ヨナ選手の演技のこととか。そこで聞いたこと。効いたことといっても良いだろう。
「人間の体は機械ではない」
骨盤おこしでは力任せに筋肉を伸ばしてはいけないというが、せめて長座して坐骨結節を踏まないようになるまではグイグイとストレッチをやって、適当なポジションが取れるようになったら関節運動を始めようなんて安易なことを考えていたので、こう指摘されてしまった。素人の浅はかな考えだと一蹴された。こういわれたことが人間の体は何だと思うきっかけとなった。「目を上にあげると良い姿勢が維持しやすい」とか「塩を舐めるとあっという間につりがとれる」のような現象からは、体の部位が情報によって影響しあっている実態が見える。普段悪い姿勢によって体のある部分を酷使していると、不思議とその部位が無感覚になる。そこにかかる衝撃や痛みを感じないようになってくる。また、姿勢を改善してその部位を酷使しないようにすると、積もり積もった痛みが押し寄せてきて、その部位に「普段酷使しているからお前に言い分があるんだ」と叱責を受けたことが私にはある。別に頭の中に声が聞こえたわけではないけれど、匿名の筋肉を翻訳するとこうなる。正確な引用はできないが古くは『オデュッセイアー』にも主人公オデュッセウスが「怒りにはやる心臓よ、今は待て。時ではない」のような語りかけをしている。人間の体はオーケストラのように個々の意志をもつ構成員を有機的にまとめ上げているのだ。よく組織された体においては、頭脳の役割は、優秀な楽団における指揮者と同じぐらい少ないかもしれない。頭脳は何よりも体を感じなければならない。かと言っていわゆる頭が悪い状態が好ましいとは思えない。上のオデュッセウスは、弓の達人であっただけではなく「抜け目のない」と形容される知謀の人でもあった(と伝承されている)。
「仲間」
私のレポートを読んでくれているひとは仲間の田島さんや方条さんが股割りで急激に進歩したことを知っておられよう。きっかけは半身動作研究会の稽古で、ある日方条さんが今まで一度も見せたことのない股割りを披露し、「股割りができないのは自分で筋肉を固めているからだ。緩めればできるはず」と、気づいたらできるようになったと教えてくれたことだった。田島さんはそれを見て思うところがあったらしく、この骨盤おこしセミナーで進歩した股割りを披露した。同じような課題をもつ仲間がそばにいて、刺激を与え合うと成長がはやいという、というのがえにし先生の評。実はわたしが「言い分がある」と筋肉に叱責されたのも方条さんの進歩を聞いたからだ。切磋琢磨、良いライバル関係など紋切り型の表現はよく聞くが、これほど顕著な形で経験し、目にしたのは初めてだ。文言にこだわれば、方条さんはえにし先生がずっと伝えてきたのと同じことを言っている。違いはただ、言葉にどれほど感応してそこから情報を体の中に摂取できたかどうかということだ。
このような体験や印象を重ねると、人間の体の内と外は「仲間」とか「感応」というキーワードで整理できるような気がする。情報は不可欠だが情感が抜け落ちていると、精密機械にはなれても達人にはなれないのではないか。すぐにでも達人になれるような口ぶりだが、達人になれない道は採らないというだけのことだ。
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